大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2721号 判決 1967年9月19日

控訴人 中村敏雄

右訴訟代理人弁護士 岡村大

被控訴人 神糧倉庫株式会社

右代表者代表取締役 松本良介

右訴訟代理人弁護士 三輪一雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金六四〇万円およびこれに対する昭和三五年一二月二〇日から完済まで年六分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は次に付加訂正するほか原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。

控訴代理人は原判決事実摘示の控訴人の主張第三項において「被控訴人は昭和三五年九月上旬控訴人に対し左記条件および内容で本件物件を第三者に売却処分方委任し、かつその売却につき代理権を授与し控訴人は同日右委任を承諾した。」とある部分を「被控訴人は昭和三五年九月中旬ころおよび同年一一月一五日の二回に亘り控訴人に対し左記条件および内容で本件物件を第三者に売却処分することの斡旋を委託し、控訴人はそのころこれを承諾した。」と、さらに「なお右契約は委任的色彩を帯びた請負類似の無名契約であり、これに代理権授与の単独行為が加わった混合契約である。」とある部分を「なお、右契約は停止条件付有償準委任契約または停止条件付報酬契約と準委任契約との混合契約である。」と訂正し、さらに次のとおり追加主張した。

被控訴人と控訴人との間の本件土地の売却斡旋の準委任契約は昭和三五年一二月末日までの期限付であり、売却代金は金八、〇〇〇万円とすることを内容とするものであるから、仲介人である控訴人が被控訴人に対し右期限内に代金八、〇〇〇万円以上で買い受ける希望者を紹介した以上仲介人である控訴人の報酬請求権の発効を妨げないため、被控訴人は右紹介により売買契約を成立させる信義則上の義務がある。しかるに被控訴人はさきに述べたとおり右の準委任契約を解除したことは右信義則上の義務に違反して前記報酬請求権発効の停止条件を故意に妨げたものである。

かりに右解除が停止条件の成立を故意に妨げたものでないとしても、控訴人と被控訴人との間の前記契約は特定物に関する物権の設定または移転を目的とするものでなく、労務およびその結果を目的とする有償契約であるから、被控訴人の前記解除によって控訴人の右契約による仲立の義務は履行不可能になったが、これは被控訴人の前記信義則上の義務に違反する責に帰すべき事由によるもので民法第五三六条第二項の適用を受け控訴人は約定の報酬請求権を失なわない。

被控訴代理人は控訴人主張にかかる前記信義則上の義務の存することを否認し、民法第一三〇条および第五三六条第二項の規定の適用あることを争った。

理由

一、被控訴人が控訴人主張のような業務を目的とする株式会社であり、昭和三五年半ばころから同年暮ころにかけ、営業上の理由で本件物件を処分し、他の場所にこれに代わる営業用の土地および倉庫を求めようとしていたことは、当事者間に争がない。

当裁判所は被控訴人が控訴人に対し昭和三五年一二月末日までを期限として本件物件を代金八、〇〇〇万円以上で買い受ける買主を探し、売買契約の成立、代金納入を媒介することを委託し、右期限内に売買契約が成立し、代金納入の運びにいたることを停止条件として、代金八、〇〇〇万円に対する三分の金員、代金が八、〇〇〇万円を超えたときは右金員にこの超過額全額を加えたものを報酬として給する旨の契約(以下本件仲介契約という。)が成立した事実を認定するが、この認定にいたる判断は原判決理由第三項(原判決書第七枚目裏末行から同第一二枚目裏八行目まで)の判断を次のとおり訂正、削除したものと同じであるから、これを引用する。すなわち、

原判決理由第二項掲記の各証拠によれば塩川社長は昭和三五年一一月一五日原判示の如く控訴人から抗議を受けたので、同社長は訴外斉藤良作が右社長の依頼にもとずき控訴人が斡旋した結果被控訴人との間に売買契約の話合がなされ、ついで売却斡旋の委任をするにいたったところから原判示の如く委任状を交付したことが認められる。この認定に反する原判決の認定(原判決書第九枚目裏末行「塩川社長、……」以下同第一〇枚目表三行目「……目的であったことから、」まで)を削除訂正し、更に原判決書第一〇枚目裏八行目から同一一枚目表七行目までの括弧内の判断は控訴人において代理権授与の主張を撤回したのでこれを削除する。

以上の認定によれば被控訴人と控訴人との本件仲介契約は有償準委任契約であって、その報酬請求権が停止条件にかかっているものというべきである。

≪証拠省略≫によれば被控訴人は昭和三五年一二月一八、九日ころ本件仲介契約を解除したことを認めることができる。

二、そこで、前記解除が故意に控訴人の報酬請求権発効の停止条件を妨げたものであるかを判断する。控訴人は右解除の前である昭和三五年一二月一七日訴外大島俊夫との間にその主張の如き売買契約の斡旋約定契約を締結し、この契約の話合中である同月一四日控訴人は被控訴人に対し訴外大島が代金九、〇〇〇万円で買い受けることについて内諾している旨の報告をし、被控訴人はこれを承諾した旨主張する。まず右斡旋約定契約の成立について≪証拠省略≫があるが、これらの証拠をにわかに信用できないことについて原判決の判断(原判決書第一二枚目裏九行目から同第一五枚目表末行まで)と同じであるから、これを引用する。従って、控訴人の主張する訴外大島との売買契約の斡旋約定契約の成立を認めるに足る証拠はない。もっとも原審証人塩川正蔵は昭和三五年一二月一五日被控訴人会社の定例役員会が開催される前に右社長塩川正蔵が本件物件の売却斡旋を依頼した訴外斉藤良作および控訴人にその斡旋の状況を質したところ、訴外斉藤から訴外富国生命保険相互会社との間に代金八、四六〇万円で年内に売買契約が確実に成立する旨、控訴人からは訴外大島との間に代金九、〇〇〇万円で年内に売買契約が確実に成立する旨の報告を受け、このことを前記役員会に報告したが、何人からも異論が出なかったので塩川社長はこれを承認したものと考えた旨および売却成立により資金を得る見透がついたので同日の役員会で被控訴人が借り受け中のフォードの土地を買い入れる申込をすることの承認をした旨供述し、この供述にそう≪証拠省略≫がある。しかし、右供述の内容は証人塩川が控訴人らから伝聞したことおよびこの伝聞にもとずいてなされたことである。従ってこれらの証拠でさきの控訴人らの証拠を信用し前記斡旋約定契約の成立を認める資料とすることはできない。

以上述べたところによれば、本件解除がなかったら被控訴人と訴外大島俊夫との間に控訴人斡旋による本件物件の売買契約が成立したと認むべき因果関係は認定できない。だとすれば、控訴人の主張する売買契約の成立という停止条件の可能性が認められないので、その他の点を判断するまでもなく、本件解除をもって停止条件の成就を妨げたという主張は理由がない。

三、控訴人の民法第五三六条第二項により反対給付である報酬請求権を失なわないという主張について判断する。右第五三六条第二項の規定は危険負担に関するもので、双務契約の存立していることを前提とする。従って、契約が解除されれば右規定の適用がない。本件仲介契約はさきに述べたとおり準委任契約であるから原則として民法第六五一条の適用がある。そこで前記解除が右第六五一条にもとずくものと認むべきであるから、この解除が不法であるかまたは無効であるかを考える。本件仲介契約は昭和三五年一二月末日までの期限を付せられた有償契約であることは既に認定したところであるが、このことから直ちに委任者である被控訴人が前記法案による解除権を抛棄したものと解することは契約の性質の点からも当事者の意思の点からもこれを認めることはできない。蓋し、受任者である控訴人に解除権の抛棄により保護される利益はないからである。その他右意思を認むべき証拠は見当らない。つぎに控訴人は本件仲介契約の内容から期限内に代金八、〇〇〇万円以上で買い受ける希望者が斡旋されたときは被控訴人においてこれと売買契約を締結すべき信義則上の義務を有する旨主張する。しかし、被控訴人の予定する売却代金が八、〇〇〇万円以上であることから、直ちに売買契約を成立させなければならない義務があると認めることはできない。蓋し売買契約成立には買主の支払能力、代金の支払方法等売主にとり重要な点を調査また取極なくして代金額の点が売主の希望にそうことからのみ契約成立義務を負うと解することはできないからである。従って本件解除は何ら不法または無効な点はなく適法になされたものであるから、本件仲介契約は解消し、民法第五三六条第二項の適用の余地はない。

四、本件解除は不利な時期になされたから、被控訴人はこれにより六四〇万円の得べかりし利益の喪失による損害を賠償すべき旨の主張を判断する。控訴人の主張する本件物件の売買契約が成立履行さるべき状態にあったことを認むべき証拠のないことは既に判示したところから明らかであり、また不利な時期と認むべき事実の主張立証はない。従ってこの点に関する控訴人の主張はその他の点を判断するまでもなく、失当である。

五、以上の次第で、控訴人の本訴請求はいずれの点においても理由がないから、これを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 上野宏 外山四郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例